FC2ブログ
声はするが姿がみえない。
Fri.09.12.2011 Posted in 経過報告
0 comments 0 trackbacks
 複数の檀家さんから素朴な疑問ですがと、以下提示されました。

「曹洞宗なので只管打坐の教えはわかるが、檀信徒が帰依できない住職に苦しんで困っているのに衆生の救済として解決への指針を宗門が手を差しのべてくれてもよいのではないか?」

「遠忌や伽藍落成法要、大事件の追悼法要、偉い僧侶の晋山式などが盛大に執り行われていることを仄聞するが、ひるがえって宗門に住職問題の解決を嘆願しても、あちらからこちらの檀信徒の方に出向いて話しさえ聞こうとしないが、何故?だろう。檀信徒などは無知でおとなしい宗費納入義務者程度の認識なのだろう。」

「宗門を護持することは一方通行の布施行と思っているが、しかし、宗門の僧侶からありがたい法話を聞くと、法話の世界と檀信徒に対する宗門の上から目線、一部僧侶の多発する醜聞など現実とのギャップに違和感を感る。」

「宗門は外に向かって良いスローガンを発しているが内なる宗侶の問題事にはどの様に対処しているのか?」

 檀家さんは宗門、特に執行機関(宗務庁)の具体的な行動を注視しています。
スポンサーサイト

« 振り返って | ホーム | 仏作って魂入れよ! »

comments

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

topBack to TOP