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お坊さんのイメージ
Tue.06.09.2011 Posted in 経過報告
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 私たちは専門僧堂や本山で厳しい修行をされた僧衣、僧形の人たちが、高い倫理観を自らの内に備えている尊敬すべき対象とごく自然に思っていました。特に菩提寺の葬儀式における住職は喪家の拠り所です。しかし、寺檀紛議が起きてからお坊さんの世界である住職や宗門の実体の虚実のさまを実体験することとなり、いろいろな面で勉強させられました。

 龍光寺の寺院規則は戦後間もない混沌としたゆとりの無い世相の中で、多分、包括団体の寺院規則のひな形をそのまま活用したものと思われます。その後、宗教法人法が改正されても特段規則の見直しをした形跡はなく、そのため寺檀紛議が起きても対応できない規則の不備を露呈しました。又、包括、被包括関係も個別具体的な契約?が明示されてはいないが包括団体である宗門の宗制(規則)の網が各寺院に覆いかぶされている。
 更に新憲法下、新宗教法人法下であっても、永い檀家制度の伝統の名残で、どうしても住職(代表役員)が檀家を支配下に置く傾向がある。住職が云う「檀家あってのお寺」は建前であり、歴史に裏付けられた宗門組織の宗務庁は、檀家に対しても更に顕著で権威主義的ですらある。この様に住職(法人の代表者)と宗務庁の実力(権力)は巨大です。
 宗制(規則)も檀信徒に関し触れたところがなく、特に寺檀紛議について余り書かれておりません。こうした過去の守旧的な慣習や伝統に固執することなく、今の時代に即した真に檀信徒のための宗門になるためにも、私たちが宗制に則り大多数の檀家の意思にもとづき申立した「住職罷免」に対し、宗務庁が恣意によらず、客観的事実にもとづいた公明正大な審理を行い、宗門の自浄能力を世間に示すべきであります。

 お寺(曹洞宗寺院)は、住職次第で、良くもなり、悪くもなります。
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