仏作って魂入れよ!
Tue.29.11.2011 Posted in 経過報告
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 私どもの菩提寺である曹洞宗龍光寺は、包括団体曹洞宗に属しています。 その包括団体曹洞宗の運営機関は宗務庁ですが、この宗務庁には、立法、司法、行政を司る三つの機関があり、国と同じように三権分立の体制になっていることは、関係者の方であれば、よくご存知の通りです。この三つの機関が、有機的かつ有効に機能していれば、包括団体曹洞宗は、その傘下の被包括団体も含め全体として良好に運営されているはずです。

 ところで、私どもは、平成19年6月に、宗務庁に住職罷免を申し立てました。その「罷免申立書」を曹洞宗代表役員の宗務総長宛てに提出しました。宗務庁の司法機関としては審事院があり、社会一般的な常識から言えば、寺檀紛争などは、司法機関としての審事院が取り扱うもの、と考えるのが自然ではないかと思うのですが、寺檀紛争、即ち宗制の「住職任免規程第16条」の罷免に係わる事案については、管長の職権に属する事柄なので「審事院には権限がない」と言われたからです。 当申立ては、総務部にて受理はされましたが、長らく何の返事もないまま放置された為、立法(宗議会)への請願や総務部長への団体抗議行動などにより最近やっとそれなりの対応はしてもらえるようにはなって来たものの、肝心の申立の中味については何ら進展していない、というのが実情です。 
 もちろん、所轄の部署が審事院であれ、総務部であれ、それは、宗務庁内部の問題ですから、それぞれが機能をきちんと果たしてさえいれば、第三者がとやかく言う事柄ではありません。三権分立の一見立派な体制があるように見えながら、実際には、肝心なところで、その組織の一部が、ほとんど機能していないことを問題にしているのです。
 寺檀紛争は、私どもの龍光寺のみならず、あちこちのお寺で火が吹いているようであり、私どもと同じような、「住職罷免の申立」が、総務部には大量に持ち込まれているのではないかと思います。 
その中身はさまざまでしょうが、おそらく、いずれも曹洞宗檀信徒の切実な思いがこめられており、真剣に対応せねばならぬ事案のはずです。

 宗務庁、なかんずく総務部はこうした申し立てに、充分に対応出来るのでしょうか?
もし対応出来ぬなら、出来るように機能の強化を図るべきです。

 宗門であれ、俗世間の会社や役所であれ、人の集まる組織にはトラブルがつきものです。会社や役所は、通常こうしたトラブルを迅速に解決するための専門の機能を、必須のものとして備えています。トラブルを放置すれば、会社や役所の命取りになるからです。こうした状況は、宗門についても全く同じはずです。 そして、せっかく三権分立の立派な組織をもっていても、それが、本来の機能を発揮出来ないなら、単なる「絵に描いた餅」にしか過ぎません。

 宗務庁は、檀信徒の要望を真剣にとらえ、折角作ったその体制が、組織として充分に機能するよう、その中に魂を入れてください。

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寺檀紛争と裁判(part 1)
Tue.22.11.2011 Posted in 経過報告
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 裁判には、言うまでもなく、多大の時間とお金と労力が掛かります。出来たら裁判などやりたくありません。又、このブログに「お寺に弁護士は馴染まない」という記事がありましたが、裁判も本来お寺に馴染みません。
しかし世間には、私どもと同様、住職問題をかかえて裁判に踏み切っているお寺が多々あるようです。 多くの場合、宗門が当たり前に機能していれば、基本的には裁判など必要ないはずです。  

 私どもは寺檀紛争を宗門内で解決すべく努力しておりましたが、宗門から無視され放置されたこと、現住職から檀家が提訴され、現住職に宗門内で解決する意思がないことがはっきりしたこと等の当時の事情を踏まえてやむなく裁判をおこしました。

 それは以下の経緯からです。

①現住職が曹洞宗審事院の「和解調停案」を受諾すると言明しながらその裏で和解相手の責任役員3人全員を解任するという背信行為をしたこと。
②守るべきお寺の慣習や民主的手続きを踏まずに現住職の意に沿う責任役員3名(僧侶2名・葬祭業者1名で構成された)を勝手に選任したこと。
③この新責任役員と称する3名を宗務庁に申請(責任役員変更委嘱申請・責任役員住所氏名印鑑届)したことにより、お寺の運営が現住職と自称責任役員らに独断専行される恐れがあったこと。
④この申請は不正につき宗務庁に申請の不受理・却下等の申し入れを何度も行ったが、全て無視・無回答に終始し放置されたこと。
⑤この間、現住職は宗務庁に宗務総長(代表役員)からの、自称新責任役員に対する責任役員「委嘱状」の交付を数次にわたり督促や画策をしていたこと。
⑥前住職は「現住職に騙されて住職の地位を譲ってしまった。」として、現住職を訴えていたが、そのさ中に前住職が亡くなった途端に、現住職は、筆頭総代の正規責任役員を提訴(損害賠償請求事件)するという突然の行動に出た。檀家さんを裁判にかけるという前代未聞の事態により現住職が宗門内で解決する意思がないことが明確になったこと。
⑦宗門の無視、放置という対応が、問責されている現住職の独断専行を結果的に黙認している形となり、宗務庁に不信感が増幅するなか、正規責任役員の任期満了を待ってそれを大義名分にして自称責任役員に対し宗務総長代表役員から委嘱状」の交付がなされる危惧を感じたこと。
⑧宗務庁に宗制にもとづき現住職の「罷免申立」を行うが、これも前記の不正な新「責任役員申請」問題と同様に無視、無回答され放置されたこと。

 責任役員という地位は「お寺の最高意思決定機関」であります。その重要な地位にある者が住職(代表役員)の恣意と独断専行とによって簡単に首を切られるというようなことは、宗教法人法の趣旨にも反します。
そこで「住職(代表役員)の地位」とともに、現住職が勝手に選んだ自称責任役員が「責任役員の地位にないこと」を求める裁判(地位確認請求事件)。をおこしたものです。

 お寺は一方においては宗教法人という側面をもっており、その面から司法の場で裁かれることもあり得るとは思いますが、宗門には「宗制」という法の定めがあり、その中には「寺院住職任免規程」やら「曹洞宗懲戒規程」やらがちゃんとそろっています。宗門がやる気にさえなれば、住職問題についてしかるべく判断し、きちっとした処置をとる体制はそろっているのです。その辺については、裁判の過程を通じて何となく感じるのですが、裁判所の方にも「住職問題」などは、本来は宗門で解決すべきものではないか、という風な気分的なものがあるような気がしてなりません。
 宗門は、住職問題について、極力檀家を裁判に頼らざるを得ないような状況に追い込まないよう、本来もっているはずの自浄能力を発揮してください。

 なお、裁判のその後の経緯についてはpart Ⅱ以降にてお知らせします。
宗門よ、問題住職の放置に危機感をもて!
Wed.16.11.2011 Posted in 経過報告
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 昔も今も時折、企業経営を司る人々の不祥事が、新聞紙上やテレビの画面を賑わしています。その中には、この会社が? と思えるような伝統ある老舗企業や、卓越した技術等を誇る著名な企業も含まれています。 経営幹部の不公正な行為、不始末、そして不誠実な対応が、(例えそれが、どんな原因から出たものであっても)いとも簡単に長年培ってきた伝統や名声を洗い流してしまい、会社関係者に迷惑をかけ、まじめに働いている従業員を泣かす結果になっています。

 ところで、目を私どものお寺に転じますと、大多数の檀家の信頼を失い、その結果罷免要求を突きつけられている住職が、平気な顔をして長年の間居座っています。宗務庁に罷免申し立てをしていますが、ずっと放置され、何回かにわたる督促をしても無視されたため業を煮やした檀家さんが集団抗議行動をした結果、最近やっと対応はしてくれるようにはなって来ましたが、我々檀家の切実な要請を受け止めてくれるような段階には至っておらず、今後が見通せない状態です。

 幾世紀にもわたる歴史と伝統をもつ仏教、そしてその有力な一翼をになう曹洞宗宗務庁のトップ層の方々が、不祥事を犯した企業のように、あっという間に宗門の名声を消し去ってしまうような事はしないであろうと信じていますが、その一方で檀家の信頼を失った問題住職の存在を放置していることそのものが、シロアリが家の土台を徐々に蝕んで行くように、間違いなく宗門の権威、名声、信頼等を毀損し、そのよって立つ基盤を少しずつ崩していくことになるでしょう。 そのことに宗門は早く気づくべきです。

 また、お坊さんの中には、人々の心の救済に身をもって当たっているお坊さんや、さまざまな面で献身的な活動をやっておられる方が沢山おられます。 しかし問題住職の存在は、こうしたお坊さんの存在や立派な業績をも帳消しにしてしまうのではないかと危惧しています。

 昨今、少子高齢化、核家族化等の世相から、人々の既存宗教離れや、檀家のお寺離れが、宗門サイドからも、何がしかの危機感を持って語られているようです。 そうした中で、問題住職の存在と、宗門による放置という現状のあり方は、こうした社会的な流れに歯止めをかけるどころか、逆にそうした流れを加速させることに他なりません、現に私どものお寺でも、檀家が帰依し得ない住職が、長い間居座っているために、辛抱も限界に来て離壇する檀家が、最近目に付き出して来ました。
 ただ、この間、千葉県船橋市の長福寺の寺檀紛争が、テレビで放映されましたが、曹洞宗宗務庁の幹部が、テレビに登場して、そのお寺の住職問題を「宗門として一度厳正に対処したい」と言明していました。 宗門は、やっと問題住職を放置しておけないことに気が付き始めたのでしょうか? 

 宗門よ、今ならまだ何とか間に合います。早く現実に目を向けて、宗門自体が、土台の方から侵食されて取り返しのつかないような状態になる前に、問題住職に対し厳正な処置をとることにより『多々ある寺檀紛争』を終結させてください。それが全国の堕落した宗侶を覚醒させることにつながります。


今度こそ宗務庁に期待したい。(part Ⅱ)
Wed.09.11.2011 Posted in 経過報告
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 住職という立場は、①宗教上の立場(もちろん所属する部分社会で通用する立場)であると共に、多分どこのお寺にも『住職をお寺(法人)の代表役員に充てる(住職充当制)』という寺院規則があり、それによって②世俗上の立場も併せもっています。
 宗教法人法では代表役員に住職以外の役員が就任しても良いことになっておりますが、現実は住職があて職として法人の代表役員に自動的に就任するシステムになっています。そこでは住職が代表役員に適格かどうかは問われません。それ故、宗門の住職任命の審査内容が問われます。

 住職(代表役員)に何か問題があれば民事、刑事、宗教法人法などで裁かれることは当然ですが、その前に代表役員になる「あて職」の住職を管長が任命する形式をとっている宗門の責任は重大です。しかし管長は宗門の象徴的な立場でありますから任命責任を問うわけにはいきません。一方、宗制の「罷免」16条項を見ると実質は宗務総長(曹洞宗代表役員)の判断に委ねられており、その事務管轄部署は総務部です。すると実質の任命責任は宗務総長となります。従って、問責住職に対しては宗務総長、総務部長が責任をもって対処すべきです。

 昨今の世情から寺院運営が厳しい環境下でも法事のみではなく地域社会のより所として布教、教化、講演活動等に尽力されている住職さんが大多数であることを承知しています。その意味でも宗門が一部の不届きな宗侶の取り扱いに毅然として対応せず、無責任に放置したままの状態が続けば宗門に不信感が増すばかりではなく、世間一般のお坊さんのイメージダウンにつながります。多発する寺檀紛争に対する宗務庁の過去の無策という体たらくに檀家さんからは宗務庁は「坊主互助会」のなれ合い体質と批判の声がでています。

 問題のある住職(代表役員)に対して宗制による処分は当然としても、仏教者として檀信徒から信頼、帰依されていない僧侶は、そもそもそれ以前の問題として、既に住職に値しません。
 宗務庁よ!「脚下照顧」伝統仏教宗派として、今度こそ檀信徒の負託に応えてください。世間の目もあなた方を冷静に注視しています。




 
住職然?
Wed.02.11.2011 Posted in 経過報告
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 社会心理学の用語に「傍観者効果」があることを日刊紙「産経抄」欄で知った。
そのまま引用すると「ある人に緊急事態が起きたとき、現場にいる人数が多いとかえって救助行動が遅れることが実験で確かめられている。」のだそうだ。「誰かがやってくれる。」という心理がわくらしい。

 「誰かがやってくれる心理」とは少し違うが結果的に似たようなケースは、身のまわりの日常生活でもみられます。ある事態や事件に遭うと、なかには見て見ぬふりをしたり、なるべくかかわりたくないとその場から逃げてしまう人、また、保身のため旗いろを鮮明にしない人もいます。

 「住職問題」が起きた当初、宗門内で解決すべく、本寺住職、組寺住職、教区長、県宗務所長など身近な住職さんに機会をみて相談しましたが親身になって相談にのってくれる住職さんは余りおりませんでした。最終的には権限がないとの理由で、ていよく宗務庁に相談か申立をするようにアドバイスされました。 そうした住職さん方の対応と日頃司祭者として堂々とした所作で葬儀式や施餓鬼法要の導師や随喜僧を勤める姿とか、、時に檀信徒にありがたい法話をする住職さん方の姿とのギャップが余りにも大きく、その現実の姿にがっかりさせられました。

 そして、住職さんたちからのアドバイスに沿って、宗務庁に「住職問題」を嘆願したり申立などしましたところ、すべて何年間も無視、放置されたことはテレビ放映された船橋市の長福寺と同様です。

 


 

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