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今度こそ宗務庁に期待したい。
Wed.26.10.2011 Posted in 経過報告
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 前回、テレビ放映された千葉県船橋の長福寺の寺檀紛争について書きましたが、そのなかで曹洞宗宗務庁の幹部が『テレビ取材に応じた』ことと『宗門として一度厳正に対処する。』と発言したことは画期的なできごとです。
 
 なぜならば、過去、歴代の宗務庁総務部長は不可解にも檀家の訴えを全て無視し続け、仏門に仕える身でありながら檀信徒の苦しみによりそう姿勢がまったくみられず、そのため多発している「寺檀紛争問題」が無責任にも放置されたままでした。結果的に悪徳住職をのさばらせることになり檀信徒は宗務庁に不信感をもっております。

 寺檀紛争が裁判沙汰になるケースは、紛争の訴えを無視したり放置している宗門行政が機能不全という現実があります。今回の宗務庁幹部のテレビ発言が単にテレビ向けのその場しのぎに終わった場合は、さらに「宗務庁頼りにならず。」となり、紛争を抱えている多くの寺院の裁判が増えます。これによって傷つくのは当事者と宗門であり、どちらに転んでも弁護士だけが儲かる構図が続きます。

 宗務庁よ!こんな馬鹿げたことにそろそろ終止符をうちましょう。事は単純明快です。宗門という部分社会のしがらみを超えた世俗社会にも通用する透明性のある公明正大な『厳正な対処』を今度こそ宗務庁に期待します。

 
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よく似ているので驚きました
Wed.19.10.2011 Posted in 経過報告
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 10月9日(日曜日)のお昼のテレビで、千葉県船橋の曹洞宗長福寺の寺檀紛争が放映されていました。
you tubeにも画像投稿されていたので観た方は多いと思います。
これを見ていて、私どものお寺の住職問題と余りにも共通点(住職として不適格な行為など)が多いことにびっくりしました。 
 私どものお寺と長福寺とは、紛争のそもそもの発端は違いますが、うそをつく住職、お寺を私物化している住職、檀家から罷免申し立てされている住職、そうした住職の側にぴったりと寄り添って何やら智恵を授けているような様子の弁護士の存在 (何とその弁護士は、私どものお寺の住職といつも一緒にいて後見人のような役割を果たしている弁護士と同一人物でした)、住職罷免申し立てが、曹洞宗宗務庁に長らく放置されていたこと等、色んな面で私どもの住職問題と本当に良く似ています。

 人間として僧侶として問題のある人物が、住職になれば檀家との間にトラブルが起こるのは当然ですし、それをいつまでも放置されて一番困るのは他ならぬ檀家です。

 この番組では、曹洞宗の「宗制」が写し出された後に、宗門の責任部署の総務部長が取材に応じて「罷免申立は多々ある。初めてのケースではない。」と言い、本件は、「テレビで報道されるということは世間の皆様に迷惑をかけることになる。」「宗門としては一度厳正に対応する。」「宗制の中で厳正に対処する。」」と言うような趣旨の話をされていました。

 宗門が、長福寺の件のみならず、長福寺より1年以上も前(平成19年6月)に罷免申立している私どものお寺の「僧侶としても代表役員としても不適格な住職」に対し、宗門の名誉と良識をもって一刻も早く厳正に対処してもらいたい。
檀家を監視するカメラ
Tue.11.10.2011 Posted in 経過報告
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 先日、曹洞宗のさるお坊さんの法話をお聞きしました。法話そのものも大変ためになるお話しでしたが、何でも、この住職さんは、自坊を檀信徒のみならず誰にでも自由に立ち寄れる「開かれたお寺」にして、広く文化活動や研修など文化交流の場として解放しておられるとのことです。
「今日も誰かが来寺して自由に何かの集まりに使っているだろう。」とおっしゃっていました。

 ひるがえって、私どものお寺を省みますと、お寺の玄関先、本堂や駐車場の入り口などに監視カメラを5~6台設置して、お寺の中から檀家の出入りを住職が見張っています。 私どもが、鍵がかかっている玄関で来寺を告げると、いつも、インターホーン越しに誰何(すいか)されます。名前を告げても気に入らない檀家はお寺に入れてもらえません。時には寺から飛び出してきて檀家さんをカメラで撮りまくったり、パトロールカーを呼び、暗に警察力で排除しようとします。  
 住職によれば、気に入る、気に入らないの基準は、「住職に諫言する檀家や自分を辞めさせようとしている檀家か否か」にあるようです。実際のところ、住職を信頼、帰依していない檀家さんがほとんどですから、大概の檀家はお寺に入れてもらえません。 従って、以前は日常的に行っていた墓参前の本堂のご本尊様の参拝さえすることが出来ません。檀家の集まりにお寺を使うことなどは論外です。この様な住職の対応に嫌気がさしてお寺に行かない檀家さんが増えています。

 現住職が入山する前は、私どものお寺も、普通のお寺のように檀信徒のお寺への出入りは全く自由でしたし、地域の檀信徒の交流会の場としてよく使われていました。 又参禅会や文殊菩薩檀家交流会、講演会、本山団参なども行われ、お寺はいつも賑やかでした。 勿論、監視カメラなどは1台もありませんでした。 今のお寺は火の消えたように静かです。 

 一日も早く「住職問題」が解決され、昔のお寺の姿を取り戻したいものと願っています。 宗門の皆様、私どもの住職は仏門に仕える資質も資格もありません。この声を是非、真剣に聞いて頂き力をお貸し下さい。
お寺に弁護士は馴染まない
Tue.04.10.2011 Posted in 未分類
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 私どもの菩提寺の住職は、いつも弁護士の影に隠れています。そしてお寺では異常なほど弁護士の存在が大きくなっています。
 現住職は、平成14年に入山以来、自分が原告になったり、被告になったり、いつも裁判ばかりやっています。 そうした裁判で住職の代理人になるのは、法律の専門家である弁護士の務めとして理解出来ないことはありませんが、私どものお寺での弁護士の役割は、ただそれだけに留まりません。檀家集会、宗務庁との協議、マスコミ対応、そして寺報においても、もっぱら発言するのは弁護士です。住職は、檀家の前で罵声を張り上げたり暴言を吐いたりはしますが、まともな話をするときは、いつも弁護士が代わって登場します。 弁護士が住職の代理人や後見人の役割を果たしているのです。 
 本来住職たる者、重要なときには、弁護士などの第三者に頼らずに、檀家の前で自らの言葉で自らの考えることを正々堂々と話すべきではないでしょうか? 大体、檀家の前で、まともな話の出来ないお坊さんに住職の資格があるとは思えません。 そしてお寺の争いごとは、住職が、僧侶としての誇りをもっているなら、檀家さんから不信任されている不徳を恥じて自ら住職を辞任して責任をとるべきです。
 こうしたお寺のありのままの実態をいくら訴えても、今まで宗門は放置してきました。お寺に弁護士は馴染みません。 このまま放置しておけば、宗門の機能不全を世にさらずだけです。

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