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任命責任
Fri.12.04.2019 Posted in 経過報告
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 五輪担当大臣が度重なる失言などで辞任した。 就任当初から大臣としての資質が疑問視されていたが総理大臣にも任命責任が厳しく追及される事態となり、今後の政権運営や選挙などの影響を考えて更迭となったものだ。

 翻って、我が菩提寺の「資質と人間性に重大な問題がある住職」は、象徴禅師様(曹洞宗管長)の威光を笠に着て『管長からの住職任命を重く受け止め住職の職務を続ける。』と、臆面もなく言い放った。

 これは、「住職問題」を充分に把握していながら問題住職に対し、何らお咎めもなく、及び腰で、ただ手を拱いている宗務庁の無責任な対応を見ているからです。娑婆ではこれを、宗務庁が住職に「舐められている。」と言います。
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モラル ハザード
Thu.14.03.2019 Posted in 経過報告
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 かって問題住職が、もめていた前任住職が急逝した直後に檀家筆頭総代に対し名誉棄損を理由にした訴訟(損害賠償請求事件)を起こした事があります。筆頭総代が全檀家さんに配布した「住職問題」の文書が事実と相違しているから名誉棄損にあたるとした訴訟だったが、筆頭総代の文書は、常に客観的事実や真実しかお知らせしていないので、筆頭総代の勝訴判決が確定しています。
 一方、問題住職は曹洞宗審事院で和解調停中にも拘わらず、その和解相手の責任役員全員を突然解任し民主的な手順も踏まずに住職の意に沿う責任役員を選びました。この背信行為で信用できない僧侶だと確信しました。また、宗門内解決の意思が無い事や寺の私物化の恐れもありましたので、急逝した前任住職の裁判を引く継ぐ形で、今度は檀家が住職を訴え(地位確認請求事件)ました。しかし、裁判中に責任役員が逝去したこと、総代たちは任期切れ(寺院規則の不備)であるので訴える資格が無い(原告不適格)とされ門前払い判決となりました。憲法で信教の自由が保障されている背景と、宗教法人法が「聖職者性善説」を前提にしているのであいまいな部分が多く、特にお仕着せの寺院規則では現実の寺檀紛争に対応できないことを痛感しました。

 寺院規則では住職は「あて職」として代表役員になります。いわば「聖俗」の二重性です。問題住職は、この二重性を都合よく使い分けています。門前払い判決で自分の地位が安泰と錯覚したか以前から約束していた法人会計の開示と監査の約束を反故にしたままですがいずれ追及します。

 住職問題を一口で言えば「嘘つき坊主に葬儀をしてもらっても有難く無い」です。法律の土台となる社会の規範意識や道徳を守ることを「戒律」社会の伝統仏教が率先すべきです。この問題を宗門に更に訴えて行きます。
あきらめません。
Mon.18.02.2019 Posted in 経過報告
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 住職問題が起きてから、いろいろなお寺さんとお付き合いをしましたので、お坊さんの世界の実態を垣間見ることができました。
今さら青臭い事を言うよだが、僧形をした世界も俗世と変わらない事を再確認しました。むしろ組織は閉鎖的で権威主義的な弊害がはびこっていました。さらに、きれい事を言う割には、寺院運営に公私混同が見られ「寺=住職」の感覚で上から目線です。
もちろん、極めて少数ですが、見識も良識もあるお坊さんにも出会えました。ありがたいことです。

 以前、宝島社の新聞意見広告 『 嘘は、敵 』を 転載しましたが、その中の『嘘に立ち向かってほしい』呼びかけに賛同します。
私たちの「住職問題」は永い時間が掛かっていますが、最近は関係者の理解も深まり少しずつ手ごたえを感じています。解決まで決してあきらめずに粘り強く今後も活動を続けて行きます。
葬送事情
Wed.23.01.2019 Posted in 経過報告
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 知人の葬儀に参列した。
葬儀はセレモニーホール係員の手際の良い?進行であっと言う間に終わった。 法話は無い。 菩提寺があるはずなのに導師は斎場が手配した僧侶だった。突然の逝去のため動揺したご遺族が病院から紹介された葬祭業者の言われるままに葬儀が運ばれたのか、または、故人や遺族が普段どの様に菩提寺とお付き合いをされていたか不明ですが、遺族と故人が同居しておらず日頃は疎遠であった事と葬儀儀式に疎かったことが一因であったのかなと、その時は思った。
しかし、どうもそればかりではないようだ。

 後日になって知ったが、次に葬儀が出た場合は通過儀礼的で形式的な葬儀などしないで身内だけで火葬のみをする予定とのこと。また菩提寺の宗派も住職の顔も良く知らないのに以前、高額な布施や寄進を要求されたことがあるので今後、なるべくお寺とは付き合う気持ちが無いこと、場合によっては墓終いをすることを吐露された。祭祀承継者にいろいろな事情があると思われるが余程の篤信者でない限り時代の流れと共に「お弔い」の変容は避けられないと思いました。

 国難とも言われる少子高齢化と、それにともなう価値観の多様化が都市部では葬儀儀式にも変化が既に顕れているが、とうとう身近に体験しました。いずれ、地方や山村の葬送事情にも変化が顕在化するでしょう。これらの変化の要素には世情だけではなく、これまでの寺檀の在り方に檀徒のひとりとして考えさせられました。
「嘘」
Tue.08.01.2019 Posted in 経過報告
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 1月7日付の全国紙に宝島社の全面意見広告「敵は嘘」が掲載されていました。 目にした方は多いと思います。
「嘘つきは泥棒の始まり」と言われてきましたが、朝日新聞紙上では「嘘つきは、戦争の始まり。」と問題の本質をついた掲載でした。
この企業広告の製作意図は「嘘が蔓延している今の世の中に対し、嘘についてあらためて考え、そして嘘に立ち向かってほしい、
そんな思いから」 製作したらしいです。

 まさに、菩提寺の「住職問題」も、事の起こりは問題住職が発した「嘘」からです。 その「嘘」により、住職の資質の欠如と人間性に重大な問題があることが発覚しました。 発覚後も、更に嘘を重ね続け、その言い訳も変遷しています。
伝統仏教の曹洞宗僧侶でさえこの体たらくです。

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